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殻の音

以前の『nobody's fool』や 一旦消した『雄弁な臓器』を読んで頂いてくれた方は
j1とj2という人物の文字に見覚えがあるかもしれないし とっくに忘れたかもしれない

私は何もデータを手元に残さず ブログの退会ボタンを頬杖をつきながら核爆弾のミサイルの様に押してしまったので 関わったあの頃は憶えていても エキサイトに綴ったエントリーには薄い御簾が垂れ下がっている

キャプテンj1が彼岸からj2を救い上げ 彼等は今もj2が望んだ雪の降らない土地に移動し 静かに たまに咳払いなんかもして きちんと暮らしているみたいだ



j2は相変わらず喋らない 喋れない
j1は相変わらず同僚時代のj2の名刺を本の栞にして 時々面白かった作品の報告をしてくる




私が彼等を忘れかけた頃 彼等は私をどうやら思い出す様だ
何かの詩ではないけれど 逢いには行けないが



電話があった
私が血塗れで横たわっている時刻だった

喋らない筈のj2が私の名を口にして 久しぶり と 言う
以前も何回か彼はこうやって電話をかけてきた

私は黙って懐かしい響きをもう慣れて聞く
j1は眠ってるといういつもの言い訳を聞く
起こして何故j1と喋らないのか 声を聞かせて喜ばせてあげないのかは もう問わない

聞かせても自分はまたいずれ口を閉ざしてしまう と j2
j1は表情を変えずそれを許すだろうが 腹の底からその現象に落胆しているのが分かる と 温度のある声で昔 j2から説明を受けた

それでもj1は聞きたいだろうし 一時的なものであっても ほんの数秒でも 泣き言でも文句でも j2の言葉を借りれば腹の底から望む声音だろう と 私は正直j1が気の毒になる










「治らないよ」

j2が電波に声をのせて喋る

「治らないって 何が」
「僕の頭」
「患ってると思うからいかんよ」
「でも切るのにも疲れた」
「切ったの?もー・・・」
「さっき」
「血は」
「いっぱい」
「私も」
「えっ」
「こっちは生理だ 只の」
「痛い?」
「痛いよ」
「可哀想だね」
「可哀想だよ 頭に来るよ 仕事もブレる」
「うん」
「で 何処切った?深い?」
「うん」
「うん じゃ分からん」
「うん」
「どうした 何が辛い 今」
「色々」
「あんたも辛いだろうけど 切ったらね j1も辛いよ」
「anityaも?」
「猫みたいなこと言うね」
「猫は?anitya」
「死んだ」
「いつ」
「もうあんまり言いたくない」
「ごめんね」
「柔らかいの憶えてるからいい」
「anityaの手も柔らかいよ」
「へえ」
「昔 一緒に散歩した時 手を繋いだでしょ」
「そんなこともあったねぇ 私は方向音痴世界選手権ベスト3にランクイン出来るからね」
「小指がちいさいから吃驚した ちいさいまま?」
「当たり前じゃ もう成長はせんよ」
「だから僕も治らないよ」
「一緒にしない そんで泣くならj1のとこで泣いておいで 私は腹が痛いんだ 今」
「泣くと向こうも泣くから」
「あいつ泣くの?」
「時々」
「素直になってきたのかあ」
「迷惑かけてるし 仕事でも疲れてるんだと思う」
「仕事は家でしてるんでしょ ちゃんとj1は」
「うん」
「今度は何を訳してんだろ」
「英語じゃなかったよ」
「いつ〆切り?」
「聞いてない」
「出たら買うよ」
「j1は送ってないの?」
「断ってんだ こっちが」
「何で?」
「何となく」
「不思議」
「ところで あんた傷口手当した?」
「したよ タオルで巻いた丈だけど したよ」
「血 止まった?」
「まだ 滲んでるから」
「いつか止まるよ 私も終わるし」
「終わるって?」
「生理だ!」
「可哀想に」
「そう 可哀想」
「あのね j1 先生になったんだよ」
「何の?」
「手話」
「成る程・・・あんたも手話上達した?」
「少しずつ」
「頑張ってんなあ j1 いや j2もね」
「それで 家に人が来るんだよ たくさん」
「?」
「家で手話を教えてる 人に」
「教室 自宅?」
「それも辛いんだよ」
「一緒に受講してないの?」
「してない」
「外で先生しに出掛けるのを止めて家でやってんのは あんたの為くらい分かるよね」
「そうだね」
「どっちにしろもう仕方ない 辛いのは」
「生徒の人が来ると僕は自分の部屋に居るけど 気持ち悪くなって吐くよ 吐くのはホントに苦しい」
「うーん・・・仕方がないことってのは困るねえ」
「j1も同じ様なこと言ってた」
「だろうね」
「で anityaはどうして来ないの こっちに」
「なかなか行けない ああ 何か似た様な台詞最近知り合いに言ったな 私」
「旦那さんが怒るの」
「怒らん 私は怒るよ」
「最近怒った?」
「怒ったっけ 怒ったな」
「何かされたの」
「旦那のことじゃないよ 愚痴言ってるうちに喚いてたんだ 私が」
「何に?」
「口に出すのもヤダ」
「やっつけてやろう」
「?」
「嫌な事されたり言われたりしたの?その誰か 僕がやっつけてやるよ」
「いい て言うか絶対駄目」
「旦那さんは?」
「知ってるから大丈夫」
「怒ってないの」
「分析してたよ 怒る姿をこっちに見せると私がナーバスになるの知ってるから怒らない」
「それで anitya 嫌な事で具合悪くなったりした?」
「良くはない」
「やっぱり 行くよ」
「出来もしないくせにお馬鹿さんだねぇ」
「j1は多分 こういう風には言わないんだろうな」
「言わんね」
「じゃあ黙って探すのかな」
「いいや まずそういうことは考えない」
「anityaが頼めば探すよ」
「頼まない 兎に角あの人は何の為に会社辞めて あんたの側に居て 引っ越しまでしたのか 頭の中で反芻してみ これ以上くだらない事言い続けると怒るよ」
「ごめんなさい」
「ごめんなさいは命令と同じだよ」
「すみません」
「うん」
「眠い?」
「うん」
「anityaは何処にも行かない?」
「?」
「消えたりしない?」
「蒸発ってこと?」
「何でもいい 居なくならない?」
「・・・?うん」

j2が黙る
少し気持ちが焦ったので 何かとりとめのないことでもいいから話してみ と 言ってみる

「煙草は?」
「吸ってるよ」
「お酒は?」
「どうでもいい」
「絵は?」
「来たらやる 最近はかかりっきり」
「僕は?」
「つまらないものを食べたり飲んだりしないこと」
「僕らは?」
「どっちの?j1とあんた?」
「うん」
「風邪ひかないこと」
「僕とanityaは?」
「こんな感じでいい」
「j1とanityaは?」
「別に普通で」
「j1は君に逢いたがってると思うよ」
「無い」
「何も知らないんだね」

そうだな と しみじみ思う
私は何も知らない 
知らない方が良い時もあるけど ありすぎる

「もう眠る 何も言わなくていいからj1を起こして手当をちゃんとしてもらってよ」
「怒られるかもしれないなあ」
「本気で怒られなくなったら終わりだ 馬鹿」
「そうなの?」
「そう」
「旦那さんは怒らないんでしょ」
「色んな形があるんだ」
「うん」
「さて 今度いつ声が聞けるかわかんないのかぁ おやすみって言ってよ」
「おやすみ」
「暖かくして寝て」
「・・・・」



j2は受話器を持ったまま 黙っていた
まるでバッテリーが切れた機械の様だが また本当に喋れないのだ

j2に無理矢理声を出すことを禁じたのはj1と私だった
てんかんを起こしてしまうからだ
もう自然に任せよう と もう待とう と 憔悴しきったj1と話し込んだ日を思い出す
j1は何度も頷いていた
振り払う様に 受け入れる様に 幾つもの巴が見えた



そしてそれでも j2が声を運んで来ると 私は正直嬉しさと居たたまれない感情が薮蚊の様に頭の中に飛来してしまう



苦しそうな呼吸だけが聞こえる受話器の向こうは靴下を滅多に履かなくてもいい土地だ 
けれどj1がきちんと免疫を守る為に指南していることだろう

大きな溜め息が繰り返される
恐らく望んでいないのに遮断されてしまった自分の声に落胆と悔しさで泣いているのだろう と ぼんやり思った



「j2 もういい j1の所に行って ちゃんと止血してもらって 分かったら一回ノックして 受話器」

カツン と 鳴る



それが卵の割れる殻の音だったらいいのになぁ と 思う
j1とj2が他愛の無い話をいつでも出来る様になればいいのに



けれど彼等は不幸では無い



私も今月も実らない卵の名残りが流れていく
私も不幸では無い





痛い丈だ
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by anitya_ocean | 2010-04-05 11:31 | Comments(0)